4月下旬-5月初旬

小説「フリッカー、あるいは映画の魔」をやや脱力気味に読み終わる。
映画学者の主人公が、1930年代にいたというB級の幻の監督のマックス・キャッスルの映画のフィルムを捜し求めてるうちに、様々な陰謀に巻き込まれていく、という感じのフィクションです。

オーソン・ウェルズとか実在の人物が出てきたり、
映画の批評、映画のからハリウッド黄金期からフランス・ヌーヴェルヴァーグにいたるまでの歴史にまつわる話も随所に撒き散らされて面白い。

けれど、話がだんだん、「テンプル騎士団」の方向へ行くと、
だんだん「ダビンチ・コード」臭が漂ってきて、またか!、って感じになってくる。
そんなに好きか、テンプル騎士団。
こっちの方が2000年なので、古いけど。

映画は「トラスト・ミー」「クラークス」どっちも1990年代前半にアメリカで制作されたインディペンデント映画。前者は、少々演劇チックな恋愛映画で、主人公二人が異常なまでに家族にしばられている。後者は、ボンクラなコンビニ店員とビデオ屋の二人のボンクラな一日を描いた映画。ダラダラしゃべってるだけなんだけど、なんだか良いのだ。店の屋上でホッケー試合したり、葬式行くために店じまいしたり。おバカだけど。真面目な哲学もやや。店員なんて、「サル」でも出来ると達観しているビデオ屋店員は実はかなり賢そう。

「ベティ・ペイジ」は予告編どおり、グラマラスなピンナップ・ガール(実は奨学金もらえそうな程の優等生)。かなり信心深くて、「神からモデルをする能力を与えられたから私はモデルをやってる」と本人は思ってる。周りの人々も「これは芸術だ」「お客は医者とか弁護士とか超一流の人だけ」など言って、ベティ・ペイジにボンテージとかSMの短編映画に出演するよう丸め込む。だまされてるのが哀れなような、かといって本人は あっけらかん としてるので良い。湿っぽいエロさがなかった人なんだろうな。最後は、自分の作品を真似た少年が死んだことで、神にそむいたと思ってやめるみたいな描写があった。
しかし、本当にこんな信心深い人のだったのだうか?実際のところ。
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by thora | 2008-05-05 00:56 | 雑記
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