カテゴリ:本 ( 8 )

ガーリー小説漁り(海外名作)

ベル・ジャー (Modern&Classic)

シルヴィア・プラス / 河出書房新社




シルヴィア・プラスは以前、映画『シルヴィア』をみたっきり。
映画自体は微妙なできなものの、
彼女のモノローグ部分の詩が印象的で、
いつか読みたいなとぼんやりと思ってから早6年!

彼女が唯一残した長編小説『ベル・ジャー』は、
優秀だけどどこか心の闇を抱える女子大生エスターが主人公。
小説は、彼女がNYの出版社でインターンとして夏を過ごすところから始まる。
いかにも、アッパーでイケてる女子たちに囲まれ、
能力面では彼女たちに劣らないと思いつつも、
地方から出てきたことなどどこか気おくれを感じているエスター。
せっかく勝ち取った念願のインターンであるはずなのに、
一番の不良?っぽいドリーンと遊びまわってしまい、
あまり能力が発揮できないまま、インターンが終わってしまう。

NYからボストンの実家に帰ってきた彼女は徐々に精神に異常をきたし、
ついには自殺未遂を図り、
精神病院に入院することになって……。


本作は、
『キャッチャー・イン・ザ・ライ』の少女版で、
アメリカでは今でも多くの少女に読み継がれる名作として謳われており、
まぁ、女の子の自殺願望という点では名作なんだろうけど、
どんなに勉強できたって女の子はお嫁にいくしかないんだ、
自分にも相手にも純潔であることを強く望んでしまうことやらは、
少々古臭く感じてしまうし、
女性の社会進出が著しいアメリカではそんなこと、とっくに乗り越えてるんじゃないの、
と思ってしまうよ。恋愛面でもしかり。

そんなことを思いつつも、
読むのをやめられなかったのは、
日本ではいまだに前者の問題を突きつけられるからだよね。。

小説は良い終わりかたするけど、
シルヴィア・プラスは30歳になって、
夫の浮気、貧困やらに悩んでガスオーブンに頭を突っ込んで、
結局死んでしまうなんて、哀しすぎる。



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今は↓を読んでいます。

オレンジだけが果物じゃない (白水Uブックス176)

ジャネット ウィンターソン / 白水社


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by thora | 2011-09-09 20:37 |

80s生まれの作家女子

ロードムービー (講談社ノベルス)

辻村 深月 / 講談社



勝手にふるえてろ

綿矢 りさ / 文藝春秋




『ロードムービー』は短編集。特に表題のタイトルの短編は、小学校で学年でも人気者のトシと、いじめられっ子のワタルの友情の物語。2人が仲よくすることで、トシが意地悪な女子をはじめとするクラスメイトから除け者にされていってしまう……。
 最後の仕掛けがいかにも、辻村作品っぽい(ってまだこれで2作しか読んでないけど)、これがこの人の持ち味なのかな。それにしても、辻村美月も綿矢りさも、あと豊島ミホとか山崎ナオコーラとか、日本の学校(小学校高学年から高校・大学1・2年あたりぐらいまで)のカースト制度の描写が的確とは言わなくても、鋭く、そこであぶれてしまった登場人物の内面の独白が面倒だと思いつつ、共感できる部分もあったりする。

 綿矢りさの『勝手にふるえてろ』は、“2人の彼氏で悩む私”って、どんだけリア充の話ですかと思ったら、ひとりは中学生の頃から同級生に片想いしているて男子(イチ)、もうひとりは会社の同期(こっちが本物の彼氏/ニ)でした。ニのほうはいかにも恋愛小説めいたお話だけど、イチへの報われない片思いの話はせつなさを通り越して笑えてくる、ように描写される。いろんな姑息な手を使い、イチと再会し、少人数で飲むことになったとき、イチが主人公を「君」呼ばわり。「どうして名前を呼ばないの?」ときいたら、しれっと「君の名前忘れちゃったんだよね」との返答。主人公といっしょに脱力しちゃった瞬間。まぁ、中学時代に3言しかかわしてないなら、そうなるなと思いつつ、哀しいよね。「賞味期限切れの恋」にすがりつく自分、とはまさに上手いキャッチコピー。オタク女子の痛さを書きつつ、それをスイーツ的な甘さで最後にくるんでくれるところがいい。
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by thora | 2011-08-12 17:20 |

読書

現在同時進行で読んでる本は、

ジャーナリズム崩壊 (幻冬舎新書)

上杉 隆 / 幻冬舎



最近、敬愛する政治ジャーナリストの上杉隆の、
彼の主張である、「記者クラブ」批判についての著。

新聞社の就職説明会に行った時に、
記者の人が、政治家に24時間体制で張り付いて情報を取ることが
いかに大切かを熱弁しているのを目撃して、
違和感を少し感じたことがあった。
昔住んでたところが政治家の家の近くだったこともあって、
よーく番記者軍をしょっちゅう遭遇してたけど、
あれは意味がなさそうだよなー、と思ってたり。

機嫌のいい犬

川上 弘美 / 集英社



これは貸しつけられた。
はよ、読まな。


競売ナンバー49の叫び (ちくま文庫)

トマス・ピンチョン / 筑摩書房




さきに新刊じゃなくて、こっちを制覇したい。


ほとんど記憶のない女

リディア デイヴィス / 白水社



51もの短編が。
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by thora | 2010-11-26 19:48 |

わけがわからず。

・あまりにもボブ率の多さに嫌気がさして、髪の毛を切ってみた。
しかし、切りすぎて、高校生の時の髪形になっちゃいました。笑える、いや笑えない。
失敗してももう結べないし、嫌になります。顔の大きさも隠れないし。
やれやれ。

・『スチャ』『東京事変』『Kダブシャイン』新譜を借りる。
最近、洋楽好き!とは一言で言い表せないなぁ。。
Dirty Projectersのライブに行けなかったので悲しい。Antonyも。
大物を見逃しすぎ。

・雑誌が休刊に。あー。
何もわかってない読者の人から電話とかかかってくるので心苦しい。
自分で言うのもなんだが、自分がきちっとかかわった2冊は
表紙のデザインががらりと変わってかわいくなったし、
デザイン選び、写真選びとか、
ここまでやっていいのか、いいぐらい手掛けることが出来た。
昔からデザインの真似ごとをするのが好きだったので、
本当によかったと思う。

にしても、
かかわってる全員が「だせー」と思いながら、
作る雑誌というのは読者を舐めきっているというか。
それはよくないと思う。今度は面白いのがいいな。。
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by thora | 2010-03-21 13:36 |

語るに足る、ささやかな人生-アメリカの小さな町で

語るに足る、ささやかな人生 ~アメリカの小さな町で
駒沢 敏器 / NHK出版









まだ、途中までしか読んでないけど。


そこの住んでいる人以外は誰も知らないような、ごく小さなアメリカのスモールタウン。人口は、多くても1万人に満たない。スモールタウンの多くは、“発展から取り残されたために町や建物は古く寂れ、時間は50年代から止まったままのようであり、アメリカの本流からは遠く離れてしまった。もはや誰にも見向きもされないところ”であるという。

けれど、こうしたスモールタウンこそが多くの物語や音楽を提供してきた。この本はそうした小さな町を舞台にした、実在の人物達が主人公の話でもある。そうしたスモールタウンだけに立ち寄って車で全米を横断した記録がこの本。村上春樹の“アメリカ”的な部分と、沢木耕太郎の「旅」の部分をドッキングしたような感じか。

スモールタウンに入ったら、まず
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by thora | 2008-04-27 15:52 |

Doing Nothing: A History of Loafers, Loungers, Slackers, and Bums in America

以前、アバウト・ア・ボーイの感想で、ヒュー・グラントの落ちこぼれ?オタク?っぷりに共感してしまう。
と、書いたが。その正体もまた、「Slacker」だったようだ。(またかよ、って感じですが)


Slackerと、Googleで検索してるうちに、
『働かない 「怠け者」と呼ばれた人たち』という本があることを知った。
さっそく、読んでみると、昔挫折した本だと判明。

今読むと、かなりおもしろい。
著者の息子が19歳で、テレビの前のカウチで何もしないで、
まったりしてる姿を目撃し、怒りを覚えつつも、
かつての自分もそうだった、と回想。そして、歴史的にSlackerを検証している。
さすが、転んでもタダでは起きないアメリカ人。


Amazonより目次抜粋。

第1章 カウチの上の息子
第2章 怠けものとその仕事
第3章 放蕩者/ロマン主義者/アメリカの浦島太郎
第4章 のんびり屋/共産主義者/酔っぱらい/ボヘミアン
第5章 神経症/散歩者/放浪者/フラヌール
第6章 遊び人/フラッパー/バビット/バム
第7章 ビート/反=体制順応主義者/プレイボーイ/非行少年
第8章 徴兵忌避者/サーファー/TVビートニク/コミューン・ヒッピーたち
第9章 情報社会のスラッカー―働く倫理と働かない倫理


って、まだ全部読んだわけじゃないけど。
自分があこがれてきた「放浪者」「ボヘミアン」「ヒッピー」とか、
「ビート」とか、根源は怠けることに魅力を感じている人々をさすのだ。


この著書がおもしろいのは、
単にスラッカーという怠け者に焦点をあてるだけでなく、
彼らの拒否する労働とは一体どのようなものであるのか、
ってのを浮き彫りにしてることだろう。

スラッカーというのは、現代のような意味で使われ始めたのは比較的最近で。
Slackerってのは、「兵役忌避者」ってのが元の意味。


アメリカが生み出した資本主義の裏返しとしての、
「怠けもの」は登場していることとを述べている。
ワークホリックという言葉が生まれたと同時期に、
労働を拒否したヒッピーが生まれる。

Slackerの有名人として、
息子ブッシュ大統領、故アンナ・ニコル・スミス、などがあげられている。
歴代で最も長い7週間の休暇(クリントン、父ブッシュは1週間ほど)をとった大統領らしい。
Slacker発の大統領なんて、さすがアメリカ度量がデカかった。


あと、興味深く感じたのは、
結局こうした「怠け者」を賛美、たたえるクリエイター自身は、
ワークホリック状態にあるということ。
逆に、「時は金なり」なんていうワークホリック気味らしい言葉を生み出したベンジャミン・フランクリン自身は実はかなりのルーズで怠け者な人。など、皮肉がきいてておもしろい。


何よりも、
”すべての笑いは「怠け者」から生まれる。
コメディアンは「やらなくちゃいけない仕事」を
やらないで、逃げているから笑えるのである。”だと。
なんだか、身につまされる話だ。


以下、

以下、本文中に出てくる小説・映画の一部
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by thora | 2008-04-01 17:25 |

ファッション本

「ファッションの文化社会学」

ファッションの文化社会学
ジョアン・フィンケルシュタイン、せりか書房





映画好きが、ファッション?という感じですが、
「みること」ということに関して、両者は切り離すことができません。

まず、両者ともメッセージを放ってる。
言語手段を用いずに、視覚で雄弁にものを語る。

現代社会においては、洋服もコミュニケーションの一部であり、
私たちは意識しようがしまいが、洋服を通し何らかの意思を表明してしまっている。

たとえば、洋服に構っている、また洋服に構ってない、
のも意思表示の一つ。

流行の服を着るか、
流行とは関係なく自分の好きな服を着るか、
それよってさえ人を図ることができる。

逆に、これを逆手にとって、
わたしたちは洋服をまとうことによって、
「こうなりたい、こう思われたい」というのさえ表現することができる。


このように
わたしたちがファッションに自覚的になり始めたのは、
写真や映画などの視覚的表現が発達してからだそう。

カメラ的な目を内在化させてしまい、
細かな着こなしを注目するようになってしまった。


わたしが最も、興味深く感じてる両者の共通点は、


ファッション雑誌や映画が読者や観客を異性愛者として想定している以上、
この二つをとおして提供する・・・・その結果女性たちは「同性愛者」として他の女性を見るように仕向けられるのである



女優やエロシーンを同性が一人もいない状況で(いつだよ)、
話す時に生じる違和感はこれだよ!、と納得した次第

私は思ったよりは、
そういう目線で映画は観れていないようです。
そんなに、女性を熱く語れない。鈍・自覚的。
アララ




ファッションの仕組みのいいところは、
「対象と、それへの欲望は、
自分がなにが欲しいかを知らない苦しみから逃れるためにのみ、
存在している」。
女の人が買い物でストレス発散させるのは
こんな理由があったりするのだ。
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by thora | 2008-02-03 16:55 |

『江頭2:50の「エィガ批評宣言」』



江頭2:50のエィガ批評宣言
江頭2:50,扶桑社,2007







おもしろいと、薦められて本屋で斜め読み。
冒頭の「チャコットを着た悪魔」など、
本家映画批評より、ギャグに爆笑してしまう。


日本のTVで求められているのは「ハプニング芸」だ。
俺にとってコメディ映画がむずがゆいのは、「作られた笑い」だから。


それでも、
マルクス兄弟、キートン、コーエン兄弟。
愛好するらしい。いっしょだ(まっ、王道だけど)

マヌケ、ドジな主人公が翻弄されるというコメディより、
より悪意のあり、行動するツッコミ的なコメディが好きらしい*。

それって、日本のTVのお笑いのスタンスが現れた発言だ。

日本のお笑いのアート系ラーメンズの小林賢太郎が、
「下品なもの、悪意、攻撃性は避けて、
ハプニングや異常な状況でない、変な人たちの"日常"をコントにしている。」
と、言っていたけど、

江頭2:50って、
そのまさに「下品で、悪意があって、攻撃的で、ハプニングや異常な状況」を作り出す存在**。
1クールのレギュラーよりも1回の伝説なんて、まさにそうではないか。


話はお笑いへとシフトしちゃいましたが、
この本は映画にまつわる自分の思い出話が盛りだくさんで、
批評本とまではいかないけど。
江頭って、いう芸人の存在自体が特異すぎて、
そっちに興味が湧いてしまう。

日本映画界初の北朝鮮映画批評とか、まさに。
北朝鮮にお笑い修行に行って、マスゲームに参加したらしい。
そっちの話のほうが絶対おもしろい。


* それって、ダウンタウンの松本も言っていた気がする。
  「ボケ」が主体過ぎて、突っ込みが不在だから、
  いちいち突っ込みながら観なきゃいけないから、疲れる。って。
  ちなみに、友人に「モンティ・パイソン」を貸したときにも、
  大いなるボケの連続で疲れる、とのこと。

** 日本のお笑いの世界がこういうサド的集団ばっかり。
   一方で、ちゃんと受け止めるマゾ的役割もいて、
   それがふかわりょうとか、出川とか「リアクション芸人」とか、
   「いじられキャラ」とか言われる人なのかも。
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by thora | 2008-02-02 11:42 |